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2020年おとら日記 2020年からは「お出かけ」もこちらです

 2月3日(月):節分恵方巻
 でこちゃんにお買い物をお願いしました。
今年の節分は静岡で過ごす予定でしたので、JPCではお願いしていませんでした。もちろん生協も中旬まで休みにしていましたので、食料も少なくなってきていました。
転倒した時から、SKITの相手役のでこちゃんには、教室をお休みすることは連絡していました。彼女はほとんど毎日のように気使って電話で様子を尋ねて下さいました。今日、厚かましいですが、恵方巻などのお買い物をお願いしました。
「海鮮恵方巻」とキャベツ一杯のお味噌汁を夕飯に頂きました。今年の恵方は「西南西」だそうです。
 2月3日(月):ひまらや雪の下が咲きました。
数日ぶりにベランダへ出ましたら、「ヒマラヤ雪の下」の花が咲いていました。何年振りでしょうか?
めったに見せてくれない可憐なピンクの花がいとおしく感じられました。(花の部分を切り抜いて合成しました)
 1月23日(木):脚立から転倒しました。
 静岡の姉から「呉服屋さんの女正月のパーティがあるんだけれど、店主さんが、妹さんも・・・と仰って下さったんだけど、来ない?」と電話を貰いました。私は以前にも姉から楽しい集いの様子を聞いていましたので二つ返事でOKしていました。22日に新幹線のチケットをNET予約して30日に行くことに決めました。23日夜、”高い所の物は絶対自分で無理したらあかんよ・・”と常々娘に言われていたのですが・・・暮れに買っていた脚立を取り出して、押し入れの天袋にしまっていた大き目のスーツケースを取り出しました。がいつもは使ったことがなく初めての脚立。何を勘違いしたのか、二段あることをすっかり忘れて一段踏み外してそのままドスーンと背中から畳の上へ。木曜日は通院している整形のお医者様が休診。湿布をして普段使っている腰ベルトをして、朝になるのを待ちました。少しは眠れました。
24日、TAXIを頼みましたが3社ともダメ。仕方なく杖を突いてソロソロと20分程休み休みしながら医院へ。レントゲンの結果、圧迫骨折もしていないが普段から腰痛持ちの私。巨体の負担が大きく当分は、痛み止めの服用と湿布、そして1週間に1度しか打てないが・・と注射をしていただきました。26日(日)は奈良の義兄の3回忌に出席を予定していましたが、吉野の義妹に事情を話して欠席を了承してもらいました。”義姉さん、日にち薬ですよって、くよくよせんと、ゆ~~ったりと過ごしてくださいよ”と義弟も力付けてくれました。静岡行は中止、NETで新幹線のチケットもキャンセルしました。毎日すこしずつ動けるようになる!!を愉しみに殆ど安静の生活を過ごしています。BED、ソファーで横になる姿勢、たまに少し座ってみる・・の毎日です。
打撲は3週間が目途、と以前鍼灸院で言われた事があります。2月15日が最後の英会話クラスパーティです。去年はロタウイルスの為参加出来ませんでした。今年こそ、何とか半年間の練習を無駄にすることなく参加出来ればよいのですが・・・
他人様のサポートを当てにせずに、100%自信が持てるようにならないと、パーティでは数回の席移動もありますので今の状態では、厳しいです。(・・・2月6日)
 1月19日:姪っ子達が開いてくれました

温かいプレゼント。 
 私が会社を辞める・・と言った時、上六に住む二人の姪っ子達が「お疲れさん会を開こう・・」と言ってくれました。姪っ子達の実家は吉野。近くにいる私が少しでも二人の安心の材料になってくれれば・・・と気持ちはあっても中々お役に立ってあげることが出来ずにいました。
二人の姪っ子達は私の主人が大好きで、月命日にはよくお参りにも来てくれていました。1年半の、育休を終え、今年の4月からは職場復帰をするという純ちゃん。リタイアして自由の時間が増えた私。私で出来るお手伝いが有れば・・・少しでも姪っ子達の支えになれれば・・と優しい姪っ子達を見てそう思いました。
温泉郷巡り・露天湯巡り・・ゆ~~ったりと御風呂を楽しんで、疲れを癒して下さい。
インスタントのお味噌汁・おすまし・・一品に加えて下さい。嬉しいプレゼントを頂きました。
 歌会始め・阪神大震災25年
1995年1月17日、午前5:46,死者6434名の犠牲者を出した、阪神大震災から25年目の本日
早朝からたくさんの方々が、ご供養のお参りをされている様子がTVで報じられました。 ドーンと突き上げられるようなショックと直後に襲ってきた強い揺れ。船の中で揺られているような恐怖に身動きできずに固まってしまった私。私を倒れてくる物の無い隣
の部屋へ運ぶのに苦労したと・・主人がこぼしていたのを覚えています。当時会社の二階の部屋で寝泊まりしていた、バングラデシュから働きに来ていた二人の若者は、経験した事の無い出来事に飛び起きて、二人で布団を頭からかぶって震えていたと、出勤した人に余り上手でない日本語で話していたそうです。会社では、巨大な 印刷機 に支障がないかどうかのチェックを修理工場の人にお願いしていました。
私は今までに2回、被災者の記念碑がある公園に行ったことがあります。お名前が書かれたプレートに手を当てると、気持ちがザワザワと揺れたように覚えています。震災後の日曜日に主人と被災地を歩いたときに感じたあの”焼けコゲ臭”
25年経って私の記憶からは薄れてしまぃましたが・・・被災地の人々が今も流される熱い涙に、自分を顧みた一日でした。
 1月16日、令和となって初めての新春恒例の「歌会始」が、16日皇居で行われましたお題は「のぞみ」です。
「歌会始」では独特の節回しで入選した人や天皇皇后両陛下の歌などが披露されました。
「上の図式の説明」

1つが「読師(どくじ)」です。歌が書かれた和紙を広げる、いわば司会進行役でことばを発することはありません。
次に「講師(こうじ)」です。歌を声に出して読み上げます。
そして「発声(はっせい)」は「講師」が読み上げた和歌を伝統の節回しで歌い始めます。
和歌は「5・7・5・7・7」という5句で構成され「講頌(こうしょう)」が「発声」に続き2句目から合唱します。この一連の所作が「披講 (ひこう」です
.
一般の人からの応募作品から選ばれたのは17歳から75歳までの10首。一人ずつ一歩前に出て自分の作が読み上げられるのを、じっと頭を垂れて聞く。晴れがましい気持ちだった事でしょう。
 1月12日(日)浅田真央サンクスツアー  於:東和薬品RACTABドーム
10月に生協で申し込んでいた”浅田真央サンクスツアー”のチケット。応募していた午前の部には外れたが、後で、夕方の部で1席確保できます・・と連絡を頂きすぐにOK.元来真央ちゃんのフアンの一人だった私。彼女がリタイア後はフィギユアースケートにほとんど興味が無くなっていたが、TVで真央ちゃんのサンクスツアーの事を見てからは、近くに来ないかなあ・・・と望んでいたのです。今回応募して当たって・・・とてもラッキーでした。皆様に感謝の気持ちを伝えたい・・チケットもリーズナブルな価格、良い席が4500円でした。男性4名、女性は真央ちゃんを含めて6名と少ない出演者でしたが、皆さんのスケート技術は凄くて迫力も満点。真央ちゃんのスケート技術は私から見て現役の時と何の遜色もなく、却ってその笑顔には余裕さえ感じられました。
たっぷり1時間30分。私達に大きな感動と笑顔を与えて下さいました。真央ちゃんとそのメンバーさん達。
素晴らしいひと時を有難う!(東和薬品RACTABドーム:旧なみはやドームです)
 1月11日(土):義姉の満中陰法要・納骨
昨年11月28日に亡くなった義姉、孝子(私の長兄,故賢幸の妻)の49日、満中陰法要と納骨式が行われました。
午前11時から私の実家で満中陰法要、その後阿倍野斎場へ行き納骨の儀が行われることになっていました 。甥夫婦,姪夫婦と二人の娘、そして則子と私。家での法要の後、2台のTAXに分乗してあべの斎場へ。
ここには、80年前、昭和14年に私の実父が建立した墓地があります。供花屋さんの手配で石碑屋さんが納骨準備をして待っていて下さいました。お上人様の到着を待って、丁寧に納骨が行われました。その後、あべのルシアスビル15Fの「がんこルシアス店」でお斎(おとき)を頂き2時間ほどでお開きに。甥夫婦が確りと実家を守っていてくれること、仏事もきちんとしてくれていることを嬉しく感じました。
 1月3日:今年最初のみたしょ会
昨年の11月に美恵ちゃんが、申し込みを済ませてくれていたバスツァー。集合時間も9:40分とゆっくりだし、それほど有名な神社でないので、混雑もひどくなさそう・・・が理由。ツアー客は46名。似たり寄ったりの年代で、ご夫婦連れのお客様もかなり多かった。繁ちゃんは、九州から息子様ご家族が来られる予定・・と不参加 が決まっていたので、みたしょ3名と美恵ちゃんの生徒さん2名の5名。バスは快調に進んで、最初の目的地「柳谷観音」さんへ。
眼病に良く効く”独鈷水・・811年弘法大師が眼病平癒の霊水に成就された”と呼ばれる霊水が有名。この霊水を持ち帰る人も多くおられるそうです。最近視力が衰えてきた私も柄杓に少し頂きました。奥の院には、中御門天皇ゆかりの子宝寺があるそうで、皆さんお参りに上られましたが、階段が多いと聞き私はパスしました。
その次は、ツアー恒例の西利の漬物店へ。このお店では、二階で沢山の種類の漬物とワインの試食コーナーがあります。(アルコール苦手の私は、お茶を頂きました。
お昼は、京料理で有名な”美濃吉”さんでお正月懐石食。量は少しでしたが、やはり京都らしいあっさり・彩の良い料理でした。
お雑煮は実家で食べた”白味噌仕立てのお雑煮”でした。実家の味付けはかなり甘く濃い味でした。
その後は「阿吽のイノシシ」がお出迎えの「護王神社」
この神社は足腰を守って下さるご利益を頂けるそうです。参拝者はそれ程多くはなかったのですが、きちんと二列にならんでお参りします。
お参りの最後は「西院 春日神社」です。
この神社にある「疱瘡石 ほうそういし」。平安のはじめ淳和天皇の皇女、崇子内親王が疱瘡を患った時、この石に祈願をされた所、石が代わりに疱瘡を生じ、内親王の病が治癒。これ以降、皇室から病気平癒や災難・厄除けの守護の神と崇められてきました。この神社は旅行守護のご利益もあるとか・・
穏やかな日和に恵まれ、運転手さんの好判断で選ばれた道で、渋滞にも巻き込まれずに、予定よりも30分も早く5:30には阿倍野へ戻ってくることが出来ました。「眼・足腰・旅行」のご守護が頂ける・・・私に縁のあるお参りが出来て良かったです。 
 1月2日:オートバイクが本来の役割を
 

この正面にT Vがあります。
   もう10年以上も前、プールに行くには時間的に縛られるし、”ねばならない・・”で自分を縛ってしまう癖のある私。それよりも自宅で出来る運動器具を・・と勧められて買ったバイク漕ぎ器。最初のうちは日課のように時間を決めてルーティンの一つにしていたが、いつの間にか、洋服ラックのように、寝室に追いやられたままに。会社を辞めたのを機にプールに行こうかなあ・・と考えていたが、今年正月に帰宅した長男夫婦に、東京へ持って帰って!!と云ったが”要らない”と。こんな、寝室の隅に置いておくから使い物にならないんだよ、TVの前に持って行って使えば・・と長男が、移動してくれました。
息子達からプレゼントされた「SIXPAD fitfit」と日の当たる場所に出て来たバイク漕ぎ器で運動不足を解消したいと思っています。 
 1月1日:新年のお祝い
今年のお飾り。退職のお祝いとして世都子さんから頂いた「獅子舞と門松」の二つの羽子板も仲間入り。真ん中の「汐汲み人形の羽子板」は20年以上も前に世都子さんからいただいたものです。
お節は通販で購入したものですが、評判は今一でした。磁器鍋で炊いた黒豆は好評で、昨年と違って美味しく炊けました。
暮れの29日から帰阪してくれた長男夫婦、今年はお宮さんの頭夜(神社の当番で31日から新年1日の昼過ぎまで、お宮さんにこもり清掃や初詣の人たちへの御神酒等を 準備するお役)に吉野の義弟夫婦が当たったので、姪が我が家で一緒に年末年始を過ごすことに。暮れの31日には、吉野へ墓参に出かけ、帰りには、瓢箪山のホームにいる義姉も訪ねました。夕方には娘も来て、楽しく恒例の大晦日パーティ。私は12時過ぎには休みましたが、4人は何時までしゃべっていたのか・・・
1日:、ゆっくり朝寝して、朝10時に皆でお祝い膳を囲みました。お昼前には産土神社の巽神社へ初詣。
毎年人出も増えて来ています。お参りの後、土鈴付きの絵馬札を求め、おみくじを引きます。
嫁の智ちゃんと私友代。二人のトモが偶然にも、”同じ番号の大吉”のおみくじでした。